ペットの死について思う。

ペットの死について思う。

生涯を閉じていった我が家のペットたち。

2020年の秋の朝、やんちゃな黒犬のカンキチがその生涯を閉じました、齢15年とちょっと短めでした。犬小屋の中で眠るように息を引き取っていました。

いなくなってみると、生活の中のある部分にぽっかりと穴が開いてしまったことに気づかされますね。

葬儀、火葬と立ち会っていくうちに徐々にその実感は大きくなっていきます。

そもそもこの”カンキチ”は、長男(既に独立)とその彼女がご近所さんから生まれたての子犬を ”かわいいからペットにしたい” 、”犬を飼ってみたい” というよくある動機でいただいてきたのです。

まあよくある話で、正直なところ後先の事も考えず ”かわいい” ”欲しい” という単純な動機で生まれたての子犬を親元から引き離し譲り受けてきたことに対し、私なりにいろいろ話をしたのですが結局二人で飼うことになりました。

ペット可のアパートに住んでいたこともあって部屋の中で、一緒に過ごしていたようでした。

布団やこたつ、部屋中を自由に動き回れるようにしていたようで結構可愛がっていたようでしたが、結局諸事情により1年程で引っ越すことになり連れてゆけないとの事で実家である我が家へと来ることになってしまいました。

初代わんこ。

 

ゴールデンのジャッキーと黒犬のカンキチ

じつは、我が家でわんこを引取り飼うのはこれで三度目なのです。

最初は30数年前、行き場のない所謂不要犬としてペットショップに引取られたもののなかなか貰い手が見つからず、1週間後には保健所に連れて行かれる予定だった生後1か月ほどの雑種の子犬(ゴン)を縁あって引き取ってきたのが初めてのペット同伴生活でした。

子犬を引き取ったペットショップの店主に、1週間しか面倒が見れないのになぜ引き取ったのかを尋ねたところ、それ以上の手間をかけるには経費が掛かるとの事でした。 何だか複雑な気持ちでしたが、私があれこれ意見を言える立場でもなく頷くしかできませんでした。

生後数日のこの子犬は、ヨタヨタと歩き始めたばかりで自分の運命なんて知る由もないのでしょう、それでも元気にすくすくと育って生き おとなしく滅多なことでは人に吠えたりせず、じっとしているわんこでした。幼いころはやんちゃなところもあり、玄関の靴を何足もボロボロにしては怒られていました。

まだ小さかった息子たちと一緒に乾いた田んぼの中を走り回って遊んだものでした。

我が家の家族も皆初めての経験で、世話の仕方も良くわからないままそれでも無事大きくなりましたが、12歳頃フィラリアが悪化して家族に看取られながら生涯を閉じました。

家の横に田んぼがあり蚊が多かったのに、フィラリアの予防接種をしていなかったのが原因でした。

飼い主の無知と怠慢で死なせてしまったことが、今でも悔やまれます。

それなりに勉強して、責任をもって世話をしなければならないと痛感しましたし、もうペットを飼うようなことはやめようと思っていました。

2代目わんこと手乗りウサギ。

”ゴン”が死んで1年もしないうちに、2度目は拾得物として警察に保護されていたゴールデンレトリバ。

何処から聞いてきたのか、子どもたちがそんな話を聞きつけ警察に問い合わせたところ、飼い主が見つからなければこれまた1週間後に保健所へ送られるとの事でした。

日本では、1週間が動物たちの命運を分けるのか・・・とかなんとか。

最初の”ゴン”を十分に世話してやれずフィラリアで死なせてしまった後悔もあり何日も子どもたちと話し合いをした結果、根負けしてしまい我が家へと迎え入れる運びとなりました。

 

ジャッキー

おとなしくきちんと躾もされていて、こちらの顔色や言葉を理解しているとても賢いわんこでしたが、年齢不詳で動物病院の先生もおそらく5~6歳だろうとおっしゃっていました。

おとなしく愛嬌があったので、近所やうちの前を通る人たちのにも結構可愛がられていましたが、ガンを煩い私が出張で留守の間に家族に看取られて息を引き取ってしまいました。(我が家で家族として過ごしたのは、10年程でしょうか)

動物病院の先生曰く、ゴールデンは発がん率が高く定期検診や予防措置を若いうちから頻繁にしておかなければいけないとの事でした。・・最初に言っといてくれればよかった。

年齢不詳ですが、顔に白髪が目立ってきていたのでそこそこの御年だったのでしょう、でもガンにならなければまだまだ生きられたでしょう。

今は動物霊園で静かに眠っているのかでしょうか、そういえばここ数年動物霊園にも行ってないなぁ。(スマン!)

じつは、このジャッキーが我が家へ来た頃に生まれたてのウサギが2匹もやってきたのです。 手のひらに収まってしまうほどの小さな生まれたての白いウサ公 ”センタロウ” です。

もう一匹の兄弟は真っ黒なクロウサでしたが、なぜか翌日の朝には死んでしまっていました。

これまた、たくさん生まれたものの引き取り手がなく困っている長女(当時小学校低学年)が友達からとりあえず預かってきたらしいのですが、返せるはずもなくそのまま居座ることになったのでした。

まだ現在ほどインターネットも普及していなかった頃でしたので、動物病院の先生に飼育方法を聞きながら一緒に生活することとなってのでした。

リードをつけて外を散歩することもあり、家の中でケージから出して自由にしてやると1階から3回まであちこちに糞を落としていたものです。

”センタロウ”と呼ぶと近寄ってきて、鼻をフンフンと擦り付けてきて可愛かったのですが、ジャッキーより早くに寿命を終えてしまいました。

今は、庭の片隅にセンタロウのお墓があります。

3代目はやんちゃな黒犬カンキチ。

 

このカンキチ、家族以外には必ず吠えまくり番犬としては良い働きをしていると近所の方が言っておられたのですが、結構大変でしたね。

若いころはギンギンで、鎖を引きちぎって通りすがりの男性にかみついたこともあり平謝りで、しっかり保険請求で治療させていただきました。(と言っても歯形が付いたくらいで1週間も通院治療され、挙句に慰謝料30万円を要求されました。)

動物嫌いの人にとっては、仕方ない・当たり前と思われるでしょうね。

年齢を重ね15歳くらいになった去年あたりから急に足腰が弱くなり、食も細くなり去年(2020年)の10月29日に見送ることとなったのでした。

リビングの一角

生まれてすぐに親から引き離され、大きくなっても昼間は誰もいない家のガレージでポツンと一匹(夫婦は共稼ぎで子どもたちも学校)寂しく留守番の毎日でした、せめて今だけでも皆が集まるリビングにいさせてやろうと遺骨はまだリビングの片隅に置いてあります。もうそろそろお寺で永代供養してもらった方がいいのかもしれませんが・・。

 

火葬の最中は、お坊さんが読経してくれました。

え!そうなん?

カンキチを見送って1か月も経たないうちに、今度は次男(既婚)家族が可愛がっていた小型犬の”リク”がその寿命を終えました。 (なんだか続くなぁ)

迷い犬の”リク”

リクもカンキチを見送った同じお寺でのお見送りとなりました。

この”リク”も迷い犬で、次男が独身時代アパート付近でボロボロになりウロウロしていたのを連れて帰ったのでした。 犬種はチワワでした。

当然、警察に届けも出し動物病院で予防接種を受け引き取ったのですが、これまた年齢不詳で 歯の生え具合からおそらく15~16歳(死亡時)くらいだと思われます。

無くなる前日まで部屋の中を歩き回っていたそうですが、翌日の朝には静かに眠ったままだったそうです。4歳の長女が泣きじゃくっていたとの事でした。

そりゃぁ生まれた時から一緒にいたので、愛情もひとしおでしょうね。

最後の一匹。

我が家もここ半年、カンキチの吠える声も無く静かになってしまいましたが、もう一匹まだまだ元気にしている老猫”モモタロウ”がいるのです。

年齢不詳のモモタロウ

サバトラ模様の”モモタロウ” は、元はうちの自家用車の下に住み着いた野良の子猫に長女がこっそりと餌を与え続け、いつの間にか家に居座っていたという猫で、これまた年齢不詳です。動物病院の先生の話から推測すると、2021年現在でおそらく15~16歳くらいだろうと思われる。

誰が来ても触られても怒りもせず、穏やかな性格のにゃんこです。まあ年の割に元気にしており、時々家の中を何故か全速力で走り回りあちこちに 体毛をまき散らしています。

このモモタロウ、若いころは近所の茶トラの子猫に自分の餌を分けていたようで、時々その茶トラと一緒に玄関先で餌のお代わりを要求していたみたいでした。

やがてその茶トラは大きくなって、立派な?野良猫になったようで、時々モモタロウと喧嘩しているのを何度か見つけたことがあります。

モモタロウが喧嘩キズをつけて帰ってくることもしばしばあったようです。

何があったかはわかりませんが、結構恩知らずの茶トラでしたね。

世話は、長女がマメに健康診断に連れて行ったり、健康食を選んで与えているので、たまに他の家族がおいしい刺身だよー・・と言いながらおかずの魚をやろうとして長女に怒られたりしています。

肝臓の数値がよろしくないらしく、かなり気を使っているようです。 20年を目標そこから一年でも長生きして猫又に成れよと時々励ましていますね。

今我が家を通り過ぎて行ったわんこやウサたちの事を振り返ってみて、何となく人間以上に動物たちにとっては生きにくい世の中なんじゃないかなぁと考えずにはいられないのは、私だけじゃないでしょう。

一部のペットたちは、それこそ人間以上の暮らしをしているもののその立場の土台は危うく、たまたま気に入られた幸運次第で天と地ほどの違いがあるのです。

家族として一緒に生きていける者たちは幸運ですが、悪徳ブリーダーに虐待に近い状態で不自然に繁殖させられ引き取り手がないと捨てられたり処分されたりする人間社会は、もしかしたら地獄に見えるのかもしれません。

冷たいようですが、基本私は極力動物を飼いたくありません。

諸事情により、ゴン、ジャッキー、センタロウ、カンキチと迎え入れてきましたが、ペットショップのガラスの向こうにいる愛らしいわんにゃんを買うと言う行為には強い抵抗感しかありません。

考え方や社会情勢など人それぞれの思いがあるとは思いますが、厳しい環境のなかでも自然に生まれ親や兄弟と一緒にいる方がいいんじゃないかと考えます。

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