ホツマツタヱが語る古代日本③

ホツマツタヱが語る古代日本③

ホツマツタヱが伝える、天君(あめきみ)の系譜

 ヲシテ文字で書かれた記録(所謂ヲシテ文献)の構成(現在発見されている部分)は以下の通りです。

・カクのフミ(フトマニなど):100アヤのうち2アヤが発見されている。

・ミカサフミ : 64アヤのうち、9つのアヤが発見されている。

・ホツマツタヱ : 40アヤ全巻が発見されている。

”アヤ” は、1つの章を意味します。

 これらは古事記・日本書紀の原書とされ、ヲシテ文字で書かれた 五七調の文章で構成されています。

ホツマツタヱは、天の巻、人の巻、地の巻 の3部により構成されていると考えられています。

「ヲシテ」とは、教えを説くためのもの(文章や言葉を使って)又は説くこと というものです。

歴代天神

ホツマツタヱに書かれている代々の神々(国津神)を整理してみます。

初代以前の神の名は、宇宙の中心の神として 「モトアケ」の神 と表現されています。

 

初代 : クニトコタチ

二代 : クニサツチ 

:クニサツチには、「 ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ 」という8人の皇子(みこ)がいます。

1文字づつの名を持つ子の神々は、八柱の神として八州(やつくに)に分かれそれぞれの地を治められました。

フトマニ図

この8つの国は、竹内文書などにも記されている 「外八州・内八州」の事です。

北 :「ト」の神

東 :「カ」 の神

南 :「ヱ」 の神

西 :「タ」 の神

北東:「ヒ」 の神

南東:「メ」 の神

南西:「ホ」 の神

北西:「ミ」 の神

中心の「ア・ウ・ワ」の外側に、この八柱の神が配置されています。

 

第三代 : トヨクンヌ

ここまでが天神・神代の時代で、” 早期 ” となります。

第四代 : ウイジニ と スイジニ 

第五代 : オオトジ と オオトノマヱ

第六代 : オモダル と カシコネ

男神と女伸の二柱の神で、夫婦神とされています。

男を「キ」、女を「ミ」と言い、君(きみ)を表します。

オモダル と カシコネ の両神は、後継ぎに恵まれず 世の中が乱れ始めます。

四代から六代までが、” 初期 ” の時代となります。

第七代 : イザナギ と イザナミ

イザナミの妹として、シラヤマのキクリ姫がいます。

シラヤマのキクリ姫 は、竹内文書などでは「シロヤマの久々理姫(くくりひめ)」 と書かれており、黄泉の国へ行った後のイザナミの名であり同一人物ではないかともいわれています。

この両神は、あわ歌を歌いながら国造り・民の教育などに献身されたのでした。

第八代 : アマテル と セオリツ姫

アマテルは、日の神ウヒルキ(後のワカヒト)で、イザナギとイザナミの長男とされています。

セオリツ姫については、アマテラス(女神)の別名とされていたりと文献によって扱いが変わっていますが、ホツマツタエの神々はいわゆる国津神であり天津神の名を継承しているものと考えればそう不思議な事ではないように思えます。

第九代 : オシホミミ と チチ姫

第十代 : ニニギノミコト と コノハナサクヤ姫

第十一代 : ウツキネ と トヨタマ姫

ウツキネ は、ホホデミ命(山幸彦)の事です。

第十二代 : ウガヤフキアエズ と タマヨリ姫

七代から十二代までを、 ” 中期 ” の時代といい、これらの両神は、いずれも夫婦神とされています。

この初代クニトコタチから十二代ウガヤフキアエズまでを、「神皇十二代」 といいます。

そして

第十三代神武天皇 から、二十四代景行天皇 までを 「人皇十二代」といい、人代(ひとよ)の時代へと変わってゆくのです。

所謂 ” 現人神 (あらひとかみ)”  という訳です。

古事記や日本書紀においても、それぞれの天皇の御年を見るとずいぶんと長生きをしているようです。この頃のヒトの寿命にしてはいかにも不自然な感じがしますね。

太陽暦と太陰暦

これら神代から人代の時代においては現在のような太陽暦ではなく、月の運行を基準にした太陰暦(月読暦)が生活の基準となっていました。

太陽暦(たいようれき)は、誰しもがよく知っている通り地球が太陽の周りを回る周期(太陽年)を基にした暦法で、1年を12か月( 1 太陽年:365.24日)とし、誤差修正日が うるう年となります。

一方、

太陰暦 は、月の満ち欠けを基準にした暦で、1年が29.53日×12で354日となります。(そうすると、暦が毎年11日ずつずれていくため、やがては暦と季節が逆転してしまいます)

しかしこういった古文献の月読暦では基本的に、1か月は31日とされています、それは天の巡りが31日であり、すべての命はこの周期で生かされていると云うことなのです。

そうすると1年が372日となり太陽の巡りである365日とのズレが生じるので1か月30日の月と28日の月が出てくるわけです。

こうした周期のずれが生じる日には ” 魔 ” や ” 厄災 ” がはいりこむと言われています。

また、月読暦は1月1日から6月30日までで1年、7月1日から12月31日までで1年としています。つまり私たちの知っている1年は、月読暦では2年となる訳です。

6月末には夏越の祓え(なごしのはらえ)、12月の終わりには年越の祓え(とごしのはらえ)が全国の神社で行われるのもそのためです。

 

祓えうたと呪い(まじない)うた

ワカヒルメ

ホツマツタヱや他の古伝それにカタカムナなどが、なぜ五七調(ごしちちょう)の文章で書かれているのかは前述の31という天の巡りに沿ったものだと考えられます。

ホツマツタヱ御機の初 で、ワカ姫が 12枚の檜扇にかかれたアワのうたと32音の呪いうた(まじないうた)を書き詠むことで、稲の穂にとりついた大量の穂虫を祓い作物の被害を食い止めた話があります。

この時に歌ったうたは、字余りの32音で謳われてています。

「たねはたね うむすきさかめ まめすめらの そろはもはめそ むしもみなしむ」

五・七・六・七・七 の字余りとなっています。

この時、ソサノオ(すさのお)は姉であるワカ姫に「なぜ、五七調でうたや和歌を綴るのか」と問いただしました。

するとワカ姫はこう答えました。

「それは、アワのうたがすべての基本であるからです」

さらにソサノオは、「ではなぜ祓いのうたは、五七調より1音多い32音なのですか」 とお尋ねになられました。

するとワカ姫はこう答えました。

「この国に生まれた人は天の巡りに合わせて31日周期で生かされているのです。しかし、女性は32日周期の為32音のうたで穢れを祓うことで31の巡りに合わせることができるのです。それが歌の基本なのです。」

五七調の短歌の起源については諸説あるようですが、ホツマツタヱではこのように伝えられているのです。

因みに、現在我が国の国歌となっている 「君が代」を見てみましょう。

「きみがよは ちよにやちよに さざれいしの いわおとなりて こけのむすまで」

五・七・六・七・七  で32音となっています。

この歌も ” き み ”  つまり、” 男も女もすべての民が ”  から始まる、国家と臣民の繁栄を願う祓いうただったのです。

国民の幸福を願う歌