ホツマツタヱが語る古代日本③

ホツマツタヱが語る古代日本③

イザナミの死( 神上がり )

ホツマツタヱに於いても、ソサノオ(すさのお)の乱暴狼藉ぶりは古事記と同様に描かれています。

その頃のスサノオは、キシヰ国(今の紀州)で暮らしていました。

ソサノオは、豊かで平安なこの国でいろいろな問題を起こしてしまいます。

田畑を荒らしたり、機屋(はたや)に馬の死骸を投げ込んだりという話はよく知られていますね。

暴れん坊のスサノオ

ある時、スサノオはクマの宮の御山林に火を放ち山火事を起こしてしまったのでした。

この時イザナギは宮を離れ留守であったために、イザナミが一人対応に追われることとなりました。

イザナミは、何とか火を消そうと向かい火として 火の神「カクツチ」と水の神「ミツハメ」を生み出しました。(産むではなく、生むです)

しかし、あろうことかその炎にまかれてお亡くなりになってしまいました。

このあたりも、古事記とはずいぶん違う内容となっています。

ヨモツヒラサカでの夫婦神のけんかの真相

実は、夫婦げんかなどしていない。

留守にしていたイザナギにもいち早くその知らせは届きました。

急遽イザナミの元へと戻ったのでしたが、そこでイザナギが目にしたものは焼けただれ蛆がたかり変わり果てた姿のイザナミでした。

醜く汚らわしい姿となったイザナミの姿に心を打ちひしがれたイザナミは暗い気持ちのまま宮へと戻ってしまいました。

しかし、どうしても諦めきれないイザナギは「もう一度イザナミに会いたい」と考え 「カミユキ」されてイザナミに会いに向かったのでした。

「カミユキ」とは、魂が体から抜け出し一時的に死者となる事で黄泉の国へと入る事です。

国守としての義務を怠り死者の国へと来たイザナギを、イザナミは大層お怒りになられたのでした。

イザナミだけでなくイザナギもいなくなってしまった国は乱れはじめ、日に千人の死者が出ていたのです。

イザナミは、イザナギを追い返そうと、八人のシコメ(醜女)を遣わせました。

迫りくる八人のシコメ(醜女) に驚いたイザナギは、剣を振るいブドウを投げつけて追い払おうとしましたが、そのブドウを貪り食ったシコメ達は再びイザナギを追いかけてきます。

次にイザナギは、竹櫛(たけくし)を投げつけましたが、シコメ達はそれをあっさりとかみ砕きなおもしつこく追いかけてくるのでした。

そこでイザナギは、桃の木に隠れシコメ達にその実を投げつけたところ、皆退散してしまいました。

桃の実は、第四代の天君 ウヒチニとスヒチニ神の象徴であり強い霊力を持っていた訳です。

初代クニトコタチの象徴である「橘の花」と ウヒチニとスヒチニ神の象徴であ る桃の実が聖なる力を持つといわれるのはこのためです。

イザナギとイザナミの深い愛情

そして、黄泉の国の辺境(ヨモツヒラサカ:あの世とこの世の境)まで来たイザナギに、イザナミは次のように声を掛けられました。

「私がいなくなり、あなたもまた国を離れ 私を追って黄泉の国へと来てしまったことで人心に不安を与え国は乱れて毎日千人の民が命を失うようになってしまった。あなたは生きて戻らねばならない」と。

夫婦の別れはつらいものだが、それ以上に国守は大切であると説いたのです。

イザナミの言葉によって心を改めたイザナギは、毎日千五百人の民を増やすことをイザナミに誓い、別れの挨拶をしたのです。

そして全てを断ち切るために、ヨモツヒラサカを結界で封じ、愛する妻との別れを悼みながら現世へと戻ったのでした。

この一連のやり取りで古事記などに書かれた内容とは大きく違っているように思います。

記紀では、変わり果てた妻の死骸に恐れをなし逃げ出すイザナギをイザナミがシコメと共に追いかけ、挙句の果てヨモツヒラサカでは、捨て台詞のように 日に千人の民を殺すとイザナギに言った事になっています、最悪の夫婦喧嘩ですよね。

仮にも命を懸けて国を守っていた神とは思えぬような言動だと思います。ずっとモヤモヤしていたんですよ。

しかしホツマツタヱでは、愛するが故にその勤めを怠ってはいけないと強くイザナギを諭した訳です。 その方がしっくりくると感じる方も多いと思います。

本文を見てみましょう。

 いさなみと よもつひらさか ことたちす いさなみいわく

 うるわしや かくなささらは ちかふへほ ひひこくひらん

 いさなきも うるわしやわれ そのちゐも うみてあやまち

 なきことお まもるよもつの ひらさかは いきたゆるまの

 かきりいわ これちかえしの かみなりと くやみてかえる もとつみや

 

 人によって解釈は変わるかもしれませんが・・

・・うるわしや かくなささらは ちかふへほ ひひこくひらん

いざなみは千人の民を殺すのではなく、自分の死によってそれほどの禍(災い)を自分は起こしてしまった。 と申されているのではないでしょうか。

・・いさなきも うるわしやわれ そのちゐも うみてあやまち ・・・

イザナギは一人になってしまったが、千五百人の民を生み出し国をたてなおす事をイザナミに誓った。

もう嘆くのはやめてすべての迷いを断ち切り、二度と戻らぬようヨモツヒラサカに大岩を置き結界で封印し、 そして自分の使命を再認識しながら 元の宮へと帰っていった、と考えた方が何となく納得がいきます。

次のうたにそれが強く表れていると思います。

 あわきみよ わかれおしくと つまおくる をうとはゆかす

 ゆけははち しこめにおわす よしあしを しれはあしひく

 よもつさか ことたちさくる うつわあり

あわの君と呼ばれた夫婦神であったが、急逝した妻を黄泉の国まで追いかけるという恥知らずなことをしてしまった。

そんなイザナギを八人のシコメに追い払わせなければならなかったイザナミの心に我に返ったイザナギは、重い足を引きずるように現世へと戻りヨモツヒラサカに結界を張り思いを断ち切った。

これが、イザナギとイザナミの夫婦愛だと考えたいですね。

イザナギの禊

この世へと戻ったイザナギは、筑紫の国のアワキ宮に御幸された折、中川で禊をし 「ソコツツミ」「ナカツツミ」「ウワツツミ」の三柱の神を生み出し、これをカナサキに祀らせました。

この神生みは、穢れを祓うという意味と考えます。

アツミ川では、「ソコワタツミ」「ナカワタツミ」「カミワタツミ」の 三柱の神を生み出し、 これをムナカタに祀らせました。

海を守る神です。

シカウミノ禊では、「シマツヒコ」「オキツヒコ」「シカ」の三柱の神を勧請(かんじょう)されアツミに祀らせることで、公開の安全を祈願しました。

「生む」は「産み」ではなく、内なるものを導き出すといった意味合いになります。

勧請は、神仏を分霊して別の場所でも祀る事を言います。

本文では、

 みそきにたみの ととのいて いやまととほる あしひきの

 ちゐものおたの みつほなる まとのおしゑに かかんして

 のんあわくには てんやまと ひきてあかるき あしはらの

 うたもさとれよ まとみちの とほらぬまえの あしひきの

 まくらことはは うたのたね

基本的に、古代四十八音には濁音はありません。文中ではわかりやすいように現代使いで濁音を入れていますが、「うた」の中ではすべて清音のみとなっています。

濁音は穢れを意味するといった考え方のようです。

こうして禊によって国は安寧を取り戻し、 ”まとのおしゑ” つまり、クニトコタチの「トの教ゑ」を守ったわけです。

「トの教ゑ」に感謝し実践するために祝詞を奏上することで、アワクニは豊かなヤマトへと転じていったのです。

「トの教ゑ」・・・初代クニトコタチが、国つくりの基本理念とした教えであります。

それは、「つくす」(創造) 「やわす」(調和) の精神で、私利私欲を持たず民の為に尽くすのが国を治めたるもののあるべき姿である。

因みに、「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」という八人の皇子(みこ)はこの教えに従い、八方に散らばり八つの州(クニ)を治めました。

「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」という八人の皇子(みこ)は 、フトマニ図の中の中座(なかみくら)に八人の「アモト(天元)神」として描かれています。

 

フトマニ

中心の「アウワ」のひとつ外側にある、八つの方角を司る神と成っています。

以上が、ホツマツタヱに描かれているイザナギとイザナミの姿でした。

皆さんはどのように感じたのでしょうか。